ジョリーグッドは、新型コロナウイルス感染による重症呼吸不全の治療に使用する人工心肺ECMO(Extracorporeal Membranous Oxygenation)※1の教育組織「日本COVID-19対策ECMOnet」(エクモネット)と共同で、ECMOトレーニングVRを開発。現在このツールを使った講習会が全国で開催されています。今回はこの経緯について、営業戦略部の細木豪部長に話を聞きました。
※1:重症呼吸不全患者または重症心不全患者(時に心肺停止状態の蘇生手段として)に対して行われる生命維持法
大きな可能性を感じた、VRと医療のマッチング
JOLiC編集部(以下、編集):ここ数年ジョリーグッドでは、医療領域でのVR活用に力を入れていますね。
細木豪(以下、細木):医療とジョリーグッドの出会いは2年半ほど前になります。それ以前からVRは人材育成の分野で活用が広がり始めており、欧米では各種エビデンスも発表され始めていましたので、ジョリーグッドも採用や研修での活用を意識した開発制作を進めていました。それに着目した医療関係のクライアントから、医療の教育、特に名医の手技を後継者に伝播していく“技能伝承”に活かせないかと、オファーをいただいたのがきっかけです。
編集:手技というと、たとえば実際の治療や手術などで医師がどう手を動かしているかを、後継者となる研修医の方たちがVRで見て学ぶということですか?
細木:そのとおりです。術者当人の目線に立って没入体験ができるという点が、医療研修ツールとして最適なのではないか、と。実際、制作したコンテンツは、クライアントの意図とVRの特性が非常にマッチしたものになりました。そこからジョリーグッドの医療研修用ツールの有用性がだんだんと注目されるようになり、さまざまな病院や医療機器メーカーなどからお声がけいただけるようになりました。
編集:ECMO研修ツールの開発には、そうした背景があったのですね。
細木:はい。私としても、医療領域を本格的に手がけるようになってから、マッチングの高さを実感しました。他の業種と比べてもVRならではの特性を相手にイメージしもらいやすいジャンルだな、と手応えがありました。先方からも、「こういうことに使えるかもしれない」「これもできるかも」とそれまでにない反応が出てきて、これは本腰を入れてやるべきだ、と。そこで、医療関係を重点的に営業活動していくことを会社にも伝え、徹底的にネットワークの構築を進めていきました。また、もっと医療を深く知らなければと思い、自ら志願して担当案件を持ち、直接課題を吸い上げるようにもしていきました。
新型コロナウイルスが高めた医療教育ツールの必要性
細木:もう一つ、タイミング的に、医療の教育という面で現場がさまざまな課題を抱えている時期にあったことも大きかったですね。働き方改革が病院でも進んで、若い研修医の方たちが遅くまで病院に残ることができなくなっているんです。
編集:勤務時間の短縮化ですね。
細木:これまでは病院の仕事の後の時間を研修や教育に当てられていたんですけど、今は若い医師たちが教えを請うたり自分で学習したりする時間が持ちづらくなっていきています。じゃあそういう中でどうやって効率よく教育を行うのか、という課題がバックボーンにあり、そこにVRの可能性がマッチしたわけです。
編集:研修医のための新しい教育ツールという時代のニーズに、タイミングよくVRが刺さったと。細木:今回の新型コロナウイルスの感染拡大は、その課題をさらに明確にしたと思います。テレワークという新しいワークスタイルが推し進められ、自宅にいながら遠隔リモートで学習しなければいけないという要素がさらに加わって、バーチャル研修の必然性がいやがおうにも高まりました。今までの学習スタイルは、受講者が密接してシミュレーターや模型などを使いながら実際に手を動かして覚えていったり、大勢が集まってセミナーや学会に参加したりすることができなくなったわけですから。
編集:確かにそのスタイルは圧倒的に集合・近接型ですからね。
細木:そうなんです。しかもそれに代わるものがあるかといったら、全くないという状況だった。そこで我々のソリューションがバチっとハマったのかなと。医療の中でも救命救急の分野でいうと、病院間のネットワークがある程度できあがっていて情報交換や症例見学などで地域を超えた行き来があったのですが、そういったことも今はできなくなっています。各病院をつなぐツールという点でも、VRは期待されていんだと思います。
ひっ迫した現場が求めたECMOトレーニングVR
編集:そうした中で、日本COVID-19対策ECMOnet(以下、ECMOnet)とのVR研修ツール開発がスタートしたわけですね。
細木:はい。新型コロナウイルス感染による重症呼吸不全の治療に使用する人工心肺ECMOについては、もう皆さんよくご存知だと思います。ECMOnetは、コロナ禍が厳しくなってきた本年2月、ECMOを使った治療に関わる医療従事者有志が集まって発足させたチームです。その後、感染拡大が最初のピークをむかえると共にECMOが足りなくなり、とにかくできるだけ各施設に供給しようと国が体制を整えて増産に入りました。
編集:ニュースなどでもECMOに関する報道が続き、一般の人たちも不安になりました。
細木:ところが、ECMO自体は病院に入る体制ができたものの、フタを開けてみたら、それを使えるスタッフが足りていないということになったんですね。研修を受けていないと扱うのがとても難しい装置だということがそこで露見され、じゃあ教育や研修をどうしていくのか、という話になったわけです。
編集:なるほど……。
細木:その時点で、今までいろいろと意見交換させていただいていた何人もの先生方から連絡をいただくようになっていたんです。「ECMOって実はものすごく扱うのが大変で、いろんな人が操作に携わるものなんだけど、前に聞いていたVRを研修に使うことはできないかな?」とか「スタッフそれぞれの視点で状況を見ることができるVRだったらECMOの研修にぴったりだと思うから、ジョリーグッドさんでトレーニングツールを作れないかな」と、同時多発的に。
編集:それだけ切実な課題だったんですね。
細木:そこで調べてみたところ、「ECMOnet」という、日本におけるECMOの情報を集約し、教育を一手に担っている組織があることがわかりました。すぐに連絡し、VR教育の可能性についてお伝えしたところ、ちょうど新しい学習ツール導入の必要性を感じられていたと。そこでバチッと話が合って、やってみようという流れになったわけです。
全社一丸となって挑んだ超高速の開発制作
編集:お聞きしていると、ECMOについては、あらゆる点でベストなタイミングだったんですね。
細木:はい。ちょうど国のほうでもECMOの教育に関する取り組みが始まっていました。その中でVRを取り入れた教育をやってみましょうとECMOnet様に英断をいただいて、そこから急ピッチでツールを制作していったという感じです。
編集:かなりのスピードですね!
細木:それぐらい急いでいたということです。でも、うちとしてはそこからが大変でした。ジョリーグッドはスピードが命なので、普通の会社だったら考えられないぐらいの速さで開発制作を進められたとは思いますが、それでも紆余曲折はありましたね。本当に医療現場まで撮影に行けるのかとか、スタッフの安全は保証できるのかとか。
編集:普通であれば、かなりの時間をかけないと答えが出ないような状況だと思います。
細木:それを1週間くらいで代表の上路はじめ社内のみんなが「やろう!」と決断してくれたんです。そこから本当に全社一丸となって取り組むことができた。だから開発スピードが速かったんだと思います。制作まで全部含めても1カ月ぐらいじゃないかな。そういう意味では、ジョリーグッドじゃなければこのツールは実現していないと思いますね。
編集:確かにそうですね。とはいっても、映像制作は大変だったんじゃないですか?
細木:苦労はしましたね。通常であれば撮影台本のようなものを用意してから撮影に入るんですが、今回は撮影対象全員が救急救命医なので、まったく現場が読めず、進行予定なんて1行も書けないんですよ。本当に「昨日も夜勤でコロナの患者さんを診ていました」という先生ばかりなので、連絡も朝方とかざらにありましたし、勤務が深夜なのか昼間なのか先方のシフトもよく分からず、話がなかなかできない。とにかくいつでも電話に出られるように24時間待機して連絡をとり、なんとか準備を進めました。
編集:まるで救命の先生並みの生活……。
細木:その2〜3カ月はそうだったかも(笑)。それでなんとかゴールデンウィークに撮影に行けたのですが、移動の新幹線にもほとんど乗客がいなくて、一両に一人ぐらいしか乗っていなかったのを覚えています。
編集:当然現場でもリハーサルなんてできませんよね?
細木:すべてぶっつけ本番です。とにかく現場に行って、先生がホワイトボードで状況を説明してくださって、スタッフがその場で聞いて動きながら撮っていくというめちゃくちゃハードな現場でした。撮影方法としても今まであまりなかった形で撮りましたし、制作スタッフには苦労をかけました。
編集:非常に厳しい撮影状況だったんですね。
細木:ただ、何よりありがたかったのは、ECMOnetの方たちが我々の取り組みをものすごく肯定的に受け止めて、本当に全面的に協力してくださったことですね。我々ももちろん頑張りましたけど、先生方も日々の過酷なお仕事がある中で、丸1日かかったシーンでも粘り強く何度でも対応していただいたり、貴重な時間を割いてくださいました。ECMOの教育ツールをつくることで一刻も早く現場で活躍できる人材を育てたいという、そこの想いが皆さん一致していて、本当に頭が下がる思いでしたね。そのパワーを目の当たりにしたから、これは負けていられない、やらなきゃいけないと我々も強く感じましたね。
編集:そうした先生方の熱意にシンクロできるジョリーグッドの気質というのもあったと思います。
細木:そうですね。付いてきてくれたメンバーには、本当に感謝しています。制作だけではなく、核となるシステムなどを担当している開発チームもすごく頑張ってくれたんですよ。驚くほど高速でバージョンアップを重ねてくれました。実は当初、遠隔機能は搭載していなかったんです。ところが、どうしても遠隔で行いたい講習会があると、ECMOnetからご要望を受けまして。そのため、本来ならば1カ月は先になるところを、2週間は詰めて前倒しでシステムをバージョンアップし、講習会に間に合わせてくれました。同時で40台ほどのゴーグルを用意してもらったのですが、1台もトラブルがなかったんです。
編集:1台もですか!?
細木:もともとジョリーグッドは機械にそれほど詳しくない人でも扱えるようシンプルな仕組みでVRツールを開発しているのですが、そこを変えることなく機能をバージョンアップしてくれたので、めちゃめちゃ難しかったと思うんです。ですから、今では我々が立ち会わなくても先生方だけで活用していただけるようになり、週に1〜2回は各地で講習会を開いてくださっています。この短期間でそこまでできているとは、ECMOnetも本当にすごいなと思います。
VRがwithコロナ時代の医療教育を変える
編集:ECMOトレーニングVRの運用が広がり、細木さんご自身も「あぁ、オレ頑張ったなぁ!」なんて思いませんか?
細木:正直、そんなふうに振り返る時間もありません(笑)。ECMOの案件が形になって一息つくどころか、さらにいろいろなところから広くお声がけをいただくようになって、今も同時進行でまさに走っている最中ですから。コロナに関する検証や総括にはもう少し時間がかかると思いますが、もし日本の救命率が比較的高くて、そこにECMOが重要な役割を果たしたということになれば、僕たちもちょっとでもそこに貢献できたと思えるかもしれませんね。
編集:医療関係ではさらにVRの可能性が広がっていきそうですね。
細木:医療といっても領域は広いので、すべての分野に広く浅く関わるというより、今つながりを持たせていただいている救命救急・集中治療の分野を軸として活用事例が増えているというところですね。救急医療ということでいうと、救急病院の中で先生や看護師さんが対応する治療と、病院の外、つまり現場や救急車の中で救急救命士さんが行う「プレホスピタル」という仕事があるんです。そのための教育ももちろん必要ですので、こちらの方にも分派する形で今VRの活用の取り組みが始まっています。
編集:確かに、現場での治療はなかなか実地研修ができませんね。
細木:さらに救急の延長線上には消防とか防災という分野もある。そういった形で広がっていくことによって、よりVRを学習に使っていただくジャンルが地続きで広がっていくようにしていければと思っています。
日本の医療技術をVRで海外に
編集:VRは海外とのつながり方も変えそうです。
細木:日本の医療技術は非常にレベルが高く、海外にはないノウハウが備わっています。そういうスキルやノウハウをどんどん海外に発信していければよいと思いますし、そのためにVRを役立てていければと考えています。考えてみれば、ほんの少し前までは自分たちからニーズを掘り起こしにあちこち行っている状況だったのが、今では先方からニーズをぶつけてきてくださるようになって、それがめちゃくちゃありがたいんです。
編集:もちろん、ニーズは医療の分野だけにかぎらないと思います。
細木:そうですね。各方面からジョリーグッドが少しずつ頼りにされる、直接求められる存在になりつつあるということが、営業の醍醐味というか本当にうれしいです。やっとお客さまの期待に応えられるようなステージに行けた。僕らはここからだと思います。
編集:これからが正念場だ、と。
細木:もっともっと期待に応えていかなければならない。ただ、今まではVRは点だったのですが、線と面にしていかなければいけないところに来ているので、そこはすごく意識しています。声をいただいたところになんでもかんでも応えるよりも、点を線につなぎ、面にしていかないといけない。一本の枝から枝分かれして新しい枝が伸び、木がしっかり育っていく。その枝の先に大きな花が咲くよう、スピードを持って一つひとつ取り組んでいきます。
Profile
細木 豪 Takeshi Hosoki
早稲田大学商学部卒。ソフト流通会社、ゲームコンテンツメーカーを経て2018年より現職。受託開発事業の営業部門を統括マネジメントする傍ら、「ECMOトレーニングVR」など医療分野を中心とした教育ソリューションのプロデュースを手がける。
Photo/Jiro Fukasawa